明日は28日鼻毛切りの日

最近ジブリの『借りぐらしのアリエッティ』が話題だけど、僕の家にもアリエッティはいる。
 
家と言っても賃貸マンションで、名前が偶然同じ”アリエッティ”でしかも同じ小人だ。
アリエッティのことは、マンションの住人だけではなく近所の人も知っていて町内の
ちょっとした有名人だ。
だってアリエッティの仕事が『鼻毛切り』だからだ。
この仕事はマンションのオーナがはじめたことで、このマンションに住む人は全員
アリエッティが「鼻毛の手入れ」をしてくれる、というものだった。確かにアリエッティ
のように小指ほどしかない小人たちの仕事は世間では限られてるけど、さすがに
鼻毛切りは・・・と最初は思った。
別に僕はこの鼻毛切りのサービスを期待して、ここに住んでいるのではない。この
マンションに決めたのは、家賃が安く通勤や生活するのに一番適しているのがこの
マンションだったからだ。
 
アリエッティの鼻毛切りサービスは住人側が拒否しない限り、部屋にやってきて
一人一人の鼻毛を切ってくれる。
まず部屋に入ると服を脱ぎ全裸になる、着ている服が邪魔で鼻を刺激してしまうからだ
下手に刺激して、クシャミをしたらどっかに吹き飛ばされてしまうからいつも裸らしい
もっとも、万が一のために腰に命綱をつけているけど。あと、頭は水泳キャップみたいな
白い帽子をかぶり、その上からヘッドライトをつけ、右手には鼻毛切り専用のハサミと
脱落防止用のヒモが手首につけてある。
アリエッティは見た目が17歳ぐらいの女の子だし、このまぬけで奇妙な姿を見ると
非現実的である。
 
僕が人差し指でアリエッティを鼻まで持って行くと、アリエッティはいつも「失礼します」
とよく通る、優しい声で仕事を始める。ぼくはこのアリエッティの声が好きだ
ハサミをリズミカルに動かし鼻の中で鼻歌を歌いながら、楽しそうに鼻毛を切る。不要な毛
はすべて切り、鼻毛本来の空気中のゴミを取り除くという機能を妨げない程度に鼻毛を残す
難しい作業だ。
全部の鼻毛を切り終わると、ティッシュの上で体に張り付いた鼻毛をブラシでこすり落とす。
そして水泳キャップやハサミをバックにしまい、オリーブグリーンのワンピースを着て赤くて
光沢のある木靴を履いて仕事が終わる。
 
アリエッティはこの仕事を、月初めにまず最上階の28階に出向き、1日で1つの階の住人
の鼻毛を切り、そして1階ずつ降下していき28日目には僕のいる1階まで来る。
29日以降は休みで31日まである月は3日間休みで、2月は休みがない。
「でも2月は寒いからあまり鼻毛が伸びないの。だからそんなに苦じゃないわ」
アリエッティは着替え終わると、チューインガムのケースをイスがわりにして座った
「でも休みが月末しか無いなんて大変だね。疲れちゃうでしょ。」
僕はアリエッティの体を心配した
「うーん。でもこのマンションは、ひとつの階で4部屋しかないかし、ほとんどの
住人は独身で一部屋一人だからそんなに忙しくないかなぁ?でも時々わがままなお客さんが
いて『眉毛もついでに抜いて欲しい』とか言ってくる場合がるの。断れないから
とりあえず眉毛の剪定をするけど、あれはメンドクサイなぁ〜」
アリエッティが眉毛の手入れをしているのを想像した。眉毛はハサミじゃ切れない
だろうから、ゴボウやダイコンみたいに一本一本引き抜いているのだろう。
 
僕はアリエッティに、小豆ほどの大きさに取り分けたロールちゃんとチョコレートシロップ
のキャップをコップがわりにして、オレンジジュースを注ぎさし出すと、とても
うれしそうに優しく微笑んだ。
「ありがとう、月の最後にここで食べるロールちゃんはとても楽しみなの。こういう風に
一緒にお話しをして、お菓子をごちそうしてくれるのは、あなただけよ。」
僕は少しテレながら残りのロールちゃん(といってもほとんど一本だけど)を食べた。
甘いモノが苦手な僕にとって、ちょっと厄介だがアリエッティと一緒に食事がしたかった。
 
「休みの日は何してるの?」
「お休みの日は、屋上にお庭があるでしょ?あそこで遊んでるかな。雨の日は部屋で本を
読んだりしてる。」
このマンションには小さな屋上庭園があって、オーナーの奥さんが趣味で管理している。
そこには様々な花が咲いていてゼラニウムやチューリップ、ローズマリー水仙など
最近だとタチアオイや向日葵が咲いている。
アリエッティが休みの日に屋上に行ったことがない。もしいける機会があれば行ってみたい。
「もう遅いのでこの辺でおじゃまします。ロールちゃんごちそうさま。」
「来月になると期間限定のロールちゃんが出るみたいだから、今度買ってくるよ」
そういうとアリエッティはうれしそうだった。
僕はこの無邪気な微笑が好きだ。この笑顔を見るといつもこころが癒される。
 
アリエッティを玄関まで連れて行く時、家まで送るといったがアリエッティは断った
いつもご馳走してくれて話し相手にもなってくれるし、そこまでしてくれるわけには
いかないらしい。なので玄関の前にアリエッティを置き僕は扉を閉じた。
僕はアリエッティの休日を想像した。
 
チョウチョと一緒に花蜜を吸い、カナブンとお相撲をして、テントウムシとじゃれあうん
だろうな。そして夜は月のあかりの下で詩でも書いてるかもしれない。
でも僕はその詩を読むことができない。それは針の先ほどの小さな文字だから。
もし僕かアリエッティのどちらかが同じ身長だったら、その詩を読めたかもしれない
そしたら一緒に庭で遊べるし、デートもできるし、一緒に詩を書く事ができるかもしれない
でも、それができない。だって君は小人のアリエッティで僕は人間だから。
 
明日は28日鼻毛切りの日。レアチーズロールちゃんとオレンジジュースを用意して
君がこの部屋に来るのを待っている。
 
 
注意:作者はまだ『借りぐらしのアリエッティ』を観ていません
本作のアリエッティと映画とは全く関係有りません